マンガ家・江口寿史(えぐちひさし)は1956年熊本生まれ、1977年に週刊少年ジャンプに『恐るべき子どもたち』でデビューし、『すすめ!!パイレーツ』を連載。また連載3作目の女装美男子を主人公にした『ストップ!!ひばりくん!』は、テレビアニメ化もされ大ヒットとなる。しかし『エイジ』『パパリンコ物語』などストーリーマンガの連載が途中で中断する一方で、読み切りのギャグマンガ『日の丸劇場』『なんとかなるでショ!』『江口寿史の爆発ディナーショー』などを描くものの、ページ数が足りないことからほとんどが単行本化に至らず、マンガ家としては伝説の人となった感がある。その一方で連載当時からの扉ページのイラストレーションへのこだわりから、イラストレーターとしての仕事も多い。

2015年には画業を集大成した画集『KING OF POP 江口寿史 全イラストレーション集』(玄光社)が刊行され、その記念として300点以上の原画(高精度デジタル出力を含む)を一堂に集めての初の本格展、『KING OF POP 江口寿史展』が開始された。まず福岡県・北九州市漫画ミュージアムで2015年9月19日から11月3日まで開催され、次の関東での巡回展が神奈川県・川崎市市民ミュージアムで2015年12月5日から2016年1月31日まで行われた一方、東京・お茶の水の明治大学・米沢嘉博記念図書館でも『江口寿史展 KING OF POP Side B』が2月7日まで開催されている。

取材した川崎市民ミュージアムの展示会場入り口には、『ひのまる劇場』の白智小五郎、戸田光国、『ストップ!!ひばりくん!』の大空ひばり、『すすめ!パイレーツ』の富士一平のポップが置かれ、等身大(?)なので、並んでの記念撮影もできるようになっていた。

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『江口寿史展』会場入口

 

展示はイラストレーションとマンガに分けられ、どちらも年代別に並べられている。いまだに肩書きはマンガ家だが、展示の半分はイラストレーションである。詳しく見ていくと早川書房のミステリーの表紙や、ファミリーレストランのDenny’sのメニューなども手掛けている。また女性誌・MOREにもイラストが掲載され、最近ではワインガイドの表紙などにも緻密なイラストを執筆。江口の描く女性像は男性目線で流行の”萌え”とは違った可愛さ、美しさなので、女性誌や一般紙でも違和感を覚えない。原画からはマーカーやカラーシートを使った色使いの美しさや、整理されたペンタッチを味わえる。最近ではパソコン(Mac)で色をつけているようだが、色付け前のペン画も展示されているのが、完成作のみの画集に対してこういった展覧会の楽しみである。

展示されていたマンガはデビュー作『恐るべき子供達』の原画を始めとして、『進め!パイレーツ』にテレビアニメ化もされた『ストップ!ひばりくん』などなど。これらはマンガとしての面白さを伝えるために、一話分のページが連続展示されている。ギャグマンガとして今読んでも面白く、改めて単行本を読み返したくなる。少年ジャンプ連載時から女の子をいかに可愛く描くかにこだわり、鼻筋を描かずに鼻孔の僅かな影を描く絵を開発したことでも有名な江口であるが、男性キャラクターもギャグタッチと立体感のあるリアルな肉体の両方を描いている。

原画の他には、マンガ単行本、そして表紙にイラストレーションが使われたり、装幀にデザインされた本、表紙を飾った雑誌の現物と共に、”原稿を落とすプレッシャーに怯える作者自身の自虐ギャグ”に登場する白いワニのフィギュアや、『キャラ者』の操り人形キャラクター、プックンのヌイグルミもあった。

また米沢嘉博記念図書館で開催中の「Side B」では連載中断の未単行本化作品の紹介が多かったが、川崎市市民ミュージアムでも『パパリンコ物語』の原画を展示していた。これは昨年12月発売の芸術新潮1月号(江口寿史特集)にも掲載されており、原作のビッグコミックスピリッツ連載中断と未単行本化が(本人も含めて)ファンに惜しまれていることの表れであろう。

江口寿史は1980年代を境に連載マンガを描かなくなったことで、ファンに強い印象を残した。それでも作品を発表し続けられたのは、読者だけでなく編集者にもファンがいたのだろうし、出来上がった作品が面白く魅力的だったからだろう。しかし、リスクと負担を減らした内容で連載ができるようにして、江口を迎えてくれた雑誌でさえも執筆が続かない。時にはアニメーションのキャラクター・デザイナーとして大友克洋原作、北久保弘之監督の『老人Z』や、今敏監督の『パーフェクトブルー』のような、リアルな描写の作品に参加してもいる。

そんなイラストレーターとして通用するほどの画力、ポップな絵の魅力がわかるのが、最後の「5分間スケッチ」のコーナーであった。これは2014年3月、Twitterでの”漫画雑誌でも何の雑誌でもいいんだけど、ゴミの日に出す前に『お、これは』と思う写真あったらスケッチするんだ。エンピツでもいいけど、できればペンで。下書きしないで5分以内と決めて写真見ながら描く。これすごく練習になるからやってみ”という江口寿史の発信が大きな反響を呼び、その後の個展で来場者をモデルに”5分”で描くライブ・スケッチを行ったことが「5分間スケッチ」の始まりだそうだ。

さらに今回の展示では、描かれたスケッチと共にその時の様子を録画して流していた。観客の前でライブで描くというのは最近のマンガ家による展示でしばしば行われるのだが、抽選で選ばれたファンをスケッチで描くというのは、被写体をどう描いたかリアルタイムで比較されるわけで、難易度は非常に高い。江口はそれをやってのけるだけの画力を、これまでの5分スケッチで磨いてきたということだろう。

また彼が吉祥寺で定期的に開催している個展や、グループ展で制作したTシャツもこの会場で展示していた。

川崎市市民ミュージアムと米沢嘉博記念図書館とでは会場の規模の違いもあるが、江口寿史に対してアプローチの違う展示がそれぞれ行われることになったので、川崎市市民ミュージアムの展示を見た人は、ぜひ米沢嘉博記念図書館のほうの展示も見てほしい。川崎市市民ミュージアムでは展覧会の図録の替わりに『KING OF POP 江口寿史 全イラストレーション集』が販売されていたが、限定100部がサイン入りで、売り切れた後は複製のメッセージカードを入れたものが販売されるという、来場者への木目細かな対応も印象的だった。

 

米沢嘉博記念図書館『江口寿史展 KING OF POP SideB』2016年2月7日まで ※終了

 

会場・川崎市市民ミュージアム

会期・2015年12月5日(土)~2016年1月31日(日)※終了

(http://www.kawasaki-museum.jp/exhibition/king-of-pop-2/)