2014年2月20日、GoogleのADvanceD Technology anD Projectsはモバイル機器に人間と同じような空間把握能力を与えるプロジェクト「Tango」を発表した。Tangoの試作スマートフォンは「部屋」などの空間をリアルタイムに3Dモデル化できる能力を持つもので、Googleという巨大企業がこのようなチャレンジを行うことはコンピューティングの進化に大きく寄与するであろう。しかし、今回はこのプロジェクト自体を取り上げるのではなく、Tangoがそのプラットフォームとなるかもしれない「3Dモデリングという表現」の可能性をミュージック・ビデオ(MV)「Chorus」から探ってみたい。

「Chorus」のMVはHolly HernDon氏の曲に谷口暁彦氏による3D画像が組み合わされたものである。HernDon氏はサンフランシスを拠点にコンピュータを用いた実験的な曲を発表しており、今回も本人がネットをブラウジングしている際の声などをサンプリングして用いている。谷口氏はもともと実家の空間といった身近なものを3D化した作品をつくるなど、写真撮影を行うのと同じような感覚で3Dモデリングを行っていた。今回の映像を制作する際、谷口氏はパソコンが置かれた机を複数の角度から撮影してくれるようにTwitterやFacebookなどで呼びかけ、送られてきた画像から机周辺の3D画像を作成した。47人の画像提供者と谷口氏はGoogleによるTangoの試みの簡易版を共同で行ったと言えるだろう。

MVのなかで、机とその周辺空間の「裏」から眺めたような視点が何回も見受けられる。この「裏からの視点」は、写真を撮るように3Dモデリングを行うことによって生じる記録行為の変化を示しているのではないだろうか。カメラは「シャッターを押す」という気軽な行為で、より多くの視点で世界を切り取っていくことを可能にした装置である。そして、今回の谷口氏の制作プロセスに見られるように、カメラとコンピュータとを組み合わせた3Dモデリングは、カメラが捉えることができない「裏からの視点」を演算処理して生成することできる。このことから3Dモデリングはカメラよりも視点を少なくともひとつ多く取ることができるシステムと考えられる。しかし、「裏からの視点」はとても奇異なものである。それは単純にモノの裏側ではなく、「表即裏」とも言えるような普段は見ることがなく、おそらく存在もしない視点でモノとそれが置かれた空間を見ることになるからである。これは谷口氏がインタビューで言っていた「1つのアカウントっていう存在は人間+コンピュータ+インターネットのそれぞれのハードウェア/身体を組み合わせたサイボーグ/キメラみたいな構造によって実現している」ということと関係しているであろう。つまり、「裏側からの視点」はヒトとコンピュータによる「サイボーグ/キメラみたいな構造」がつくりだす視点だと考えられる。3Dモデリングは写真が行ってきたように世界を複数の視点からコピーしていくのではなく、新たな視点をつけ加えるものなのである。

しかし、コンピュータとともにあり続けるのが今のヒトの常態になりつつ今、「裏からの視点」は既に奇異なものではなく、親密なものになっている。HernDon氏は「『Chorus』では自分のツール/環境としての、デジタルとの親密性にフォーカスしました」とインタビューで述べている。この彼女の問題意識と谷口氏の3Dモデリングを写真撮影のように気軽に行うという行為が「パソコン及びその周辺空間が示す親密さ」を醸し出しているように思われる。「Chorus」のMVは、ヒトがコンピュータとともに長い時間を過ごす場所を、コンピュータの演算処理を経て初めて出現する3D画像によって提示することで、このふたつの存在があたかもひとつになっている空間に対して親密な感覚を見る人に生じさせていると言える。写真がヒトと世界との親密さを映し出してきたのかもしれないが、ヒトとコンピュータと世界という三者の親密さは3D画像が示していくかもしれない。HernDon氏と谷口氏による「Chorus」のMVは、ヒトとコンピュータが共同でつくりだす「親密さ」を記録していると同時に、それが「裏からの視点」という奇異なものとしても表現されているという点で、これからの3Dモデリングの表現を考える上での貴重な参照項になるだろう。

Googleがストリートビューで図らずも行ってしまったように、Tangoは3Dモデリングを表現のためのプラットフォームになると考えられる。Tangoは3Dモデリングという表現をプラットフォーム化していき、その過程でHernDon氏と谷口氏が示していた「裏からの視点」という奇異な部分は覆い隠され、その結果、多くのユーザがヒトとコンピュータが共同でつくりだす「親密さ」のみを当たり前のように受け入れていくだろう。なぜなら、Googleは「裏からの視点」をユーザにとっては必要のないものだと判断して、それを見えないように設定して覆い隠していく可能性が高いからである。Tangoによって精巧な3Dモデリングのデータが溜まっていけばいくほど、そこには「裏からの視点」も溜まっていくことになるのだが、それは見ることができないものとして処理される。しかし、Googleストリートビューがユーザに「エラー」というかたちで未知の風景を提供し続けるように、ヒトとコンピュータとのあいだにある奇異な部分は何かのきっかけですぐに表に出てくると考えられる。また、たとえTangoというプラットフォームによって「裏からの視点」が巧妙に覆い隠されても、多くのアーティストが「Chorus」のMVにおけるHernDon氏と谷口氏の試みのように「3Dモデリングという表現」が持つ「多視点性」の可能性を追求し、多くの未知の風景をハンティングしていくだろう。

ATAP Project Tango – Google

https://www.google.com/atap/projecttango/

Holly HernDon – Chorus [Official ViDeo]

https://vimeo.com/84420787

Holly HernDon – Chorus

http://okikata.org/PV/

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「未知の風景」を描く地図:「The Amazing iOS6 Maps」と《9-Eyes》

http://www2.mediag.jp/news/cat3/the-amazing-ios6-maps9-eyes.html